社会と共発展できる企業
企業にも将来の青写真が必要不可欠。何のために存在し、何を目指す企業であるか・・・
個人的には、「社会と共発展できること」が企業経営の必須条件だと考える。つまり、利益を挙げるために、社会や自然環境を犠牲にしていては、もはや企業として生存・発展する権利は得られない。
企業が社会に対する責任を持つとすれば、その出発点は、企業の利益と社会の発展との矛盾やトレード・オフを乗り越えるためのたゆまぬ努力、そして、時間をかけてでも自社の成長と社会の健全な発展とを同軸に乗せる経営を目指すことにあると思う。

レジリエンス
工学、生態学、心理学などで注目されてきた「レジリエンス」という言葉は、「耐性、回復力、復元力、ストレスから跳ね返る性質」などを意味している。最近は、都市設計や組織論の重要なキーワードとしても注目されている。個人的に、レジリエンスの高い企業に、三つの特徴があると考えている―アンカリング<拠り所>(Anchoring)、自己変革力(Adaptiveness)、社会性(Alignment)。
この三つの特徴を行動に反映できる企業は、働き甲斐が高まり、顧客などを惹きつける魅力が生まれ、事業環境の変化を見越して自ら変わり続ける能力を身につけ、そして、社会の大きな方向性に自社の戦略と行動のべクトルを合わせることに長けている。そのため、結果として長期にわたって堅調な業績をあげる。

レジリエント・カンパニー
上で紹介した3つの特徴を継続的に行動に落とし込めている企業を、私は「レジリエント・カンパニー」と呼んでいる。
(レジリエントは、レジリエンスの形容詞)
2015年1月、東洋経済新報社から出版される「レジリエント・カンパニー~なぜあの企業は時代を超えて勝ち残ったのか」では、これら3つの特徴を7つの行動に細分化し、20社の具体例をふまえて紹介している。

レジリエント・カンパニー 7つの行動
アンカリング<拠り所>
1.価値観と使命を活かす
2.信頼を積み上げる

自己変革力
3.ダイナミックに学ぶ
4.創造性と革新力を引き出す
5.研究開発を一新する

社会性
6.トレード・オンにこだわる
7.ブランドをつくり変える

トレード・オン
企業と社会の間に二律背反の関係(トレード・オフの関係性)が続くことを許さずに、経営陣は常に「トレード・オン」の実現を経営と事業の両面で目指す必要がある。トレード・オンは私がつくった造語だが、「社会価値の創造に貢献すればするほど、企業価値も向上する。あるいは、良い企業が発展すればするほど、社会・自然環境の健全な営みが促される」ことを意味する。例えば、できるだけ多くの利益を挙げるために、これまで、一部の企業は発展途上国の劣悪な労働条件に目をつぶったり、あるいは大量に二酸化炭素を排出することを容認したりしてきた。企業と社会・自然環境との間のトレード・オフに甘んじてきたともいえる。しかし、これからの将来展望として、あるいは企業発展の道筋として、トレード・オフを乗り越え、トレード・オンを常に目指していくことが求められる。そして、このような企業デザインを志向する会社こそ、今後の市場における確固たる競争力を獲得することができよう。
  • 新しい市場が開拓できる
    これまでビジネスをしていなかった国や地域への進出ができる。新規商品・サービスを開発し、市場化できる。
  • 自社の商品・サービスがより売れるようになる
    自社の商品・サービスがお客様に選ばれるようになる
  • 自社の評判が高まり、顧客ロイヤルティが向上する
    よい商品・サービスを提供しているよき企業として広く認められ、お客様から何度も選ばれるようになる。
  • 自社のブランド価値が高まる
    顧客ロイヤルティが高まるだけでなく、株主や投資コミュニティ等からのブランド価値が以前より高まる。
  • 士気の高い優秀な人材が確保・維持できる
    社員に内発的な動機が働き、従業員満足度が上がり、士気が高まる。また、優秀な人材を確保することが容易になり、離職率も低下する。
  • 未解決の環境問題・社会課題への対応が進む
    気候変動への対応が進み、温室効果ガスの排出増が鈍化する。あるいは、途上国・貧困国市場の健全な社会・経済発展が進む。
  • 満たされていない現世代の基本的ニーズが満たされる
    貧困層の絶対数が減り、慢性的な栄養失調人口が減少する。きれいな飲み水、電気など生活に最低限必要なモノがより広く普及する。
  • 経済発展のあり方が変わることによって、将来世代の生存・発展可能性が高まる
    生態系の価値が経済的にも正しく評価され、その保全が進み、生態系の蘇生が見られる。適切な炭素税などの税制の変革などにより、低炭素社会に向けた経済活動が奨励され、社会と経済の構造転換が進む。
  • より健全で安全・安心な社会が実現される
    労働条件が改善され、途上国でも安全かつ安心な職場環境が一般的になる。治安が改善し、犯罪率が低下する。
  • 希望、夢、感動、幸せ、充足感のある暮らしが広まる
    エイズなど疫病が各地域で継続的に減少する、もしくは撲滅される。世界各地域で豊かさを実感できる暮らしが普及し、暮らしの質が向上する。

第5の競争軸
「グリーン・イノベーション」(環境分野の革新+持続可能な経済社会の追求)は、企業にとっての新しい競争力の源泉となり得ると考える。私は、これを「第5の競争軸」と名付けた。これまでの市場において競争力を大きく左右してきたのは「自己変革力」「価格」「市場占有率」「品質」といった4つの競争軸であったが、これらに加え、第5の競争軸は21世紀に入ってから次第に重要性が増してきている。将来的には、この競争軸を究めることなく、長期的な企業の発展はありえないのではないだろうか。そして、この競争軸を究めてこそ、トレード・オンを実現し、社会と共発展できる企業を創る道が開けてくる。

ソーシャル・デザイン
ソーシャル・デザインには、大きく分けて二つの意味がある。一つは、社会的な役割を果たすモノや商品のデザイン。バリアフリーでベビーカ―や車椅子を乗せやすいバス・電車や、エレベーターなどに施されている点字などはこの類に入る。
もう一つの意味は、社会の将来設計をどうしていくということ。どのような特徴を持つ社会モデルを描き、実践するか。私は、後者の社会デザインに重きを置いて仕事をしている。特に、日本が将来的にどのような社会モデルに基づいて国づくりをしていくのかが気掛かりである。戦後は、米国型の社会・経済モデルを実践してきたが、今後は日本独自のモデルを構築する必要があり、その過程において、欧州、特に北欧型の社会モデルは人間的で、日本人にとって馴染みやすいのではないかと思う。

富国強兵 vs. 内耕潤土
日本は明治初期に富国強兵の社会モデルを描き、軍事力の向上と産業の近代化によって目覚ましい発展を遂げた。当時は、いわゆる列強による植民地化を避けるためにも、そのようなソーシャル・デザインを志向していたことは理解できる。しかし、現代において「強い国」とは、もはや軍事力+経済力の向上によって実現できるものではなかろう。
北欧のデンマークは、日本が富国強兵の道を歩み始めたのとほぼ同時期に、ドイツとの戦争に破れ、国土の1/3強を失い、小国になってしまった。国民が意気消沈する中、国の再生のため荒れていた内陸の土地を改良し、人への投資の必要性を訴え立ち上がるパイオニアが現れ、そして、その成功によってデンマークは現在の農業・起業家・福祉国家の基礎を築いていった。私は、この社会モデルの呼び名として「内耕潤土」が最も相応しいと考えている。外への拡大を諦め、土地と人を耕すことで潤いある国を創っていったのである。
日本がこれから目指していく社会のデザインをどのような四字熟語で表現できるのだろうか?それが明確でないことが、この国の課題の一つではないだろうか?

和・美・快・間・活
国づくりは、個人とその個々人が織りなすコミュニティ(共同体)から始まる。私は、コミュニティレベルでの将来設計を考えるにあたって、「和」「美」「快」「間」「活」の5つのキーワードから現状を点検し、将来目標を立てることに意味があると感じ、研修の中での一つのツールとして活用している。

「和」とは、その土地のアイデンティティを意味する。その土地特有の自然、歴史・伝統と調和した、あるいはそのアイデンティティを活かした町づくりが行われているかどうか。
「美」とは、文字通り美しい景観と美しい暮らしの空間を意味する。日本でも惚れ惚れするような街並み、人々の生活の質が向上する生活空間を(時間をかけてでも)形成していくことは可能なはずだ。
「快」とは、快適さや利便性を意味する。不快で不便な生活を強いるのではなく、都会だろうが、田舎だろうか、その土地ならではの「快」の実現を目指したい。
「間」とは、実際の町における間の取り方、空間設計や人々が交わる場所の置き方を意味する。ただ単に無計画に進む町の発展ではなく、意識的に全体の空間設計を行うことが素敵なコミュニティを実現する礎となる。
「活」とは、活力を意味する。過疎化や高齢化が問題視されている日本の多くのコミュニティで、どのようにすれば活力を取り戻したり、維持したりすることができるのか。

LOHAS(ロハス)
LOHAS(Lifestyles of Health and Sustainability=健康と環境を志向するライフスタイル)は、米国発のライフスタイルおよびマーケティングの考えであり、私は日本におけるこの概念の普及に多くの時間を費やしてきたし、株式会社イースクエアでは様々な調査も実施してきた。一般的にいえば、企業がトレード・オンに資する商品やサービスを市場に投入できるのは、生活者の需要があって初めて可能になるとされているが、はたして本当にそうなのだろうか。これまで行ってきた種々の調査の結果をみると、日本にもLOHAS層といえる生活者は全体の25~30%を占め、80~90%の生活者は健康・環境意識が高い。しかし、それでも欧州の北部の国々のように、日常生活にエコ商品などはなかなか普及しない。なぜなのか?市場づくりには、国としての制度設計、そして企業や業界を超えた協力体制が欠かせない。これによってのみ、新しい市場が誕生し、生活者にとって求めやすい価格でのLOHAS商品が普及していく。持続可能といえる市場の設計も、日本が直面している大きな挑戦の一つと認識している。

ホモ・ソシエンス
地球社会や近代文明は、「地球人口の増加 × 物質的に豊かな生活への欲求」により、その持続性が危ぶまれている。現在の70億人強の地球人口は、21世紀半ばに90億人を超えると予測されているが、これによって環境・生態系の危機は大きく悪化しかねない。この思わしくない状況を打破するためには、各国が国益を主張し、企業が自社の利益の拡大のみを追い求める現状を変えなければならない。最終的には、様々な違いや境界線を越え、深く協力・協働・共創できるか否かが問われていくように思う。私たち人間は、一種の精神的・文化的な進化を加速していく必要がある。このような「協力・協働・共創できるヒト」を、私は「ホモ・ソシエンス」と呼んでいる。ソシエンスとは、英語のSociety(社会・共同体)が語源となっているが、私たち人類は、地球益を第一に捉え、共同体や人類の共有財により大きな価値を置くようになれるかどうかが問われている。日本として、ホモ・ソシエンス的な国づくりを通じて、地球的なものの見方ができる人財を育てていくことによって、近代文明の生存・発展に貢献できる将来展望を描いてもらいたいし、個人的にもその実現のための行動を重ねていきたい。
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